永遠の命への執念・ミイラの防腐剤ミルラ
この記事は古代エジプト時代にミイラ作りに不可欠だったミルラの防腐剤といての役割についてお伝えしています。
古代エジプト人の死生観は再生や蘇りといった視点が強く、遺体を腐食させないためにミルらの防腐剤を施したと言った点にご注目です。
なぜ古代エジプト人は故人をミイラ化したのか?
古代エジプトにおいてミイラは故人の魂が戻ってくるための箱として考えられていました。
当時故人をミイラ化した理由として挙げられるのが、平均寿命の短さ。
過酷な気候・まん延しやすい感染症・毒蛇やサソリなど猛毒に遭遇しやすい環境、そしてミイラ化された王族たちは近親婚が多かったために遺伝的疾患も起こりやすく、若年で亡くなってしまうケースも珍しくなかったようで、今よりも死が身近だったことが影響しているのではないかと考えられているのです。
身近な存在・近しい身内が亡くなっていく様を間近で目にし、当時は来世でも安らかに幸せでいてほしいといった死生観を強く持っていたと考えられています。
古代エジプトでのミイラの作り方・防腐剤の活用方法や防腐処理の工程
古代エジプトでは幸せな来世を送るために「遺体が劣化しないこと」が必須と考えられており、劣化してしまえば死後安らかな日々は送れないと考えられていたと言われるほど。
このため、遺体の防腐処理の工程は以下のようにかなり綿密なものだったと伝えられており、防腐剤としての重要な役割を果たしたのがアロマセラピーでも用いられるミルラという樹脂のオイルです。
- 刃物を鼻の穴に入れて鼻孔から脳を摘出・パーム酒で洗浄
- わき腹を切開し内臓を取り除いて腹部にミルラや肉桂を詰める
- 取り除いた内臓はカノポス壺に集められて保存される
- ナトロン(塩の一種)に70日間浸して水分が抜かれる
- 顔などにメイクを施す
- ミルラ(樹脂精油)やシダーウッド(樹木精油)などに浸した数百メートルに及ぶ包帯(麻布の裁断)が施される
- 花を飾り、ホルス神に祈りを捧げる
※当時死者の魂の本質は心臓と考えられ、臓器のうち心臓は特別な扱いを受けていました。心臓の上には、再生を意味するスカラベ(コガネムシ・下図)の宝石が置かれたと言います。
遺体の劣化を防ぐために塩漬けにして脱水処理を行い、さらに防腐剤として重要な役割を果たしたのがミルラです。
ミイラを含むミイラの防腐剤の基本的なレシピは以下のように伝えらえています。
@植物油
ごま油
A樹脂精油
ミルラ、ガマ属植物の樹脂系脂肪油、松などの針葉樹の樹脂オイル
B植物性でんぷんのり
アカシアから抽出されたとみられる糖
※時代や地位によって素材が若干変わっており、前述の工程もその影響を受けたと言う
ミルラは雑菌などの繁殖を防ぐ防腐剤としての役割を果たすほか、酸素に触れない保護膜の役割を果たしています。
これらの防腐処理はピラミッドが建設されるようになった紀元前2600年頃から行なわれはじめた考えられていたようですが、近年の報告によるとそれよりももっと前の紀元前3600年頃(エジプトの国家誕生以前)から既に防腐剤としてミルラのような樹脂が使われていたと伝えられています。
紀元前2600年前と推定されるミイラは、偶然の産物として見られていた傾向もあったようですが、近年の科学分析によると、包帯から樹脂の精油が見つかったというのです。
※イギリスヨーク大学考古学者スティーブン・バックレー博士ら
ミイラ作りに必須だった防腐剤ミルラはどんな香りなのか
ミイラ作りも防腐剤として必須だったミルラは、スモーキーなやや酔わせるような香りで、シナモンに含まれるシナミックアルデヒドという成分を含み、甘味も感じられます。
日本でも嗅いだことのある香りで似た香りを挙げるとするならば、松脂にシナモンを加えてより甘く渋みが増したような感じの香りでしょうか。
聖書では22回このミルラが登場し、キリスト生誕の際に偉大なる賢者としてミルラが献上され、キリストが十字架に磔にされる時はワインにミルラを加えた飲み物が捧げられ、遺体とともにミルラが埋葬されたと言われています。
さらに出エジプト記には聖なる場を清めるためにミルラが活用されています。
ミルラはミイラの防腐剤として使われただけでなく、このように神と対峙するときに身を清めるための神聖なアイテムだったのです。
ミルラの木の原産地として考えられているのがアフリカで、産地は中東紅海近辺。
アロマオイルとして販売されるミルラオイルの組成は、精油3−10% 樹脂25−45% ゴム質50−60% 水分5%と言われています。
風などによって樹皮に損傷が生じると、幹を覆うように樹脂が分泌され堅い塊となって保護膜のような働きをするのです。
古代エジプト人は、ミルラの木から樹脂が分泌され樹皮が守られる様を見て、いつの日かミイラの防腐剤として応用できることを知ったのでしょう。
エジプトとミルラの関わり
そしてエジプトとミルラの香りとの関りのエピソードとして欠かせないのが、薫香です。
古代では太陽神ラーへ捧げる香りとしてミルラが午後の儀式に使われました。
フランキンセンスは日の出の時間に、そして日が沈む時間にミルラを含む16種類の香りがブレンドされたキフィが焚かれました。
当時はミルラもフランキンセンスも神官だけが取り扱えた神聖かつ高級品でした。
ラテン語のperfumeの語源は、per(〜を通して) とfume(煙を出す)という二つの言葉から出来ており、香りの起源そのものが樹脂など植物を燻して立ち上った薫香だったと考えられているのです。
ミルラという言葉の語源は苦みを意味しているヘブライ語のmor アラビア語のmurr ポルトガル語mirraにあります。
故人に防腐処理を施すミイラという言葉は、ミルラから来ていると考えられており、ミルラという香りと深い関りが伺い知れます。
また、古代において神に薫香を捧げるほか、王や王女のために香りが作成されるのが日常でした。
王や王女のためだけに作製された香油は肌のスキンケアなどに用いられ、「セレブリティの象徴」として認識されていたのです。
ピラミッドはミイラの墓ではなく「蘇りのための再生施設」
ミイラ化された王族の遺体が納められているピラミッドは王(ファラオ)の墓という認識が浸透していますが、しかし古代では墓というよりは蘇りのための再生施設として認識されています。
暑く過酷な気候において、肉体が劣化しやすい上に、強い日差しで遺体が劣化するのを防ぐのがピラミッドという施設だったのでしょう。
エジプト考古学者の河江削剰氏によると以下のようにピラミッドについての概念が語られています。
王(ファラオ)は空間(土地)と時間を征服した。王が代わるごとに年号がかわるのもそう。
ファラオが唯一征服できなかったのが死。それを克服するためによみがえりの施設を構築しているようなもの。
現代人からすれば遺体に防腐剤を施して皮膚の腐敗を防ぐために包帯を巻いてミイラ化し、煌びやかな棺や壮大なピラミッドまで作り上げていたところにはある意味「永遠の命への強烈な執念」が感じられます。
ミイラに捧げられたアイテム=永遠の命への執念〜ツタンカーメン王の場合〜
ツタンカーメンのミイラに付着する樹脂(おそらくミイラの防腐剤ミルラ)を取り除くハワードカーター 1920年頃 出典:national geographic
王族の遺体をミイラとして保存する際に、数々の財宝が一緒に捧げられました。これも、永遠の命を獲得するためのアイテムです。
例として有名なツタンカーメンに捧げられたアイテムを見てみたいと思います。
ツタンカーメンのミイラが納められた部屋
部屋をさえぎる扉(4重)
*人型棺
ツタンカーメンのミイラは、3つの人型の棺に納められています。以下は3重人型棺のレプリカです。
以下は人型棺を覆う厨子(遺体などを収める箱)で、これは4重になっていると言います。
*小厨子
*大厨子
そして以下がツタンカーメンの臓器が納められているカノポス壺。
ツタンカーメンの戦車
ツタンカーメンの玉座
※7歳上の王妃がツタンカーメンに香油を塗布していると言われている絵図が描かれており、今で言うペアルック的な意味合いがあるそうです。
黄金マスク
盾
装飾品レプリカ
ツタンカーメンのミイラに捧げられたアイテムはエジプトの1年分の国家予算を上回るほどのまばゆい黄金の数々ですが、ほか一般的にミイラに捧げられるアイテムは以下の通り。
死者の書は、死後から来世までに行き着くための呪文を書き記した内容となっていて、死の門番アヌビスにより「羽と心臓を天秤にかけて心臓が軽かったら善人」というジャッジを受けて来世に行きつくと言われていたそうです。
死者の書
アヌビス
また、迷わずに幸せな来世へと行き着くようパピルスや護符に呪文が書き記されてミイラに捧げられたと言います。
呪文が書き記されたパピルス
壁画などに描かれる絵図の多くは、下のような色彩が多く発見されており、青色はナイルの水や天空、黄色は太陽、緑は植物の芽吹きを表すといった再生の意味が込められたとか。
絵図には下のような睡蓮や、魚が描かれることも多く、これらは再生を意味する象徴だったと言います。
永遠の命への執念と表現しましたが、ミイラ作りが日常だった当時の人からすれば死後と来世は地続きの世界として考えられていたのかもしれません。
ミイラが作られなくなった理由
紀元前300年頃、アレキサンダー大王がエジプトに進出してのちにローマ帝国にエジプトが侵略されたころ、キリスト教に改宗する人が多かったと言います。
一説によるとキリストはエジプトを訪れ、そこに根付いていた宗教観がキリスト教のベースにていたのではないかと言われており、改宗した当時の人は2つの宗教にシンパシーを感じるところもあったかもしれません。
そしてのちにイスラム教の配下になったエジプトは、イスラム教に傾倒するようになり、徐々にミイラ作りが衰退していったと伝えられています。
しかし現代でもミイラ作りをしている地方はあると言われていて、長老だった先祖をミイラ化し親族でミイラを担いで祭事を行うといった習慣もあるとか。
大切な存在が亡くなってしまうのは確かに悲しいものではあると思いますが、私たちが感じるような死とはまた少し違った死生観でミイラと対峙しているのではないかと思います。
永遠の命の橋渡しをしたミルラ
故人が幸せな来世に行きつくために遺体が劣化しないことが大前提だったことから、ミイラの防腐剤として使われたミルラは永遠の命の橋渡しをした切り札だったと考えられ、さらに古代の儀式や神聖な場に欠かせなかった側面もありありと伝わってきます。
執筆:THE GRACES雨宮悠天 幼少からエジプト展があると聞くと必ず出かけたほど強烈な興味がありました。
自分の仕事の領域と被る点があることは驚き以外の何物でもありません。
近頃のミイラの展示はCTスキャン技術が使われており、幼少の頃から見てきて感慨深いものがあります。
調香作業は、下のようなデスクの上で行っています。
出典
*:4travel
ほか出典明記なき画像はフリー画像サイトより
参照
ライデン国立古代博物館古代エジプト展による展示より
余談
以下古代エジプトピラミッドの壁画に描かれているのは、ファラオセティ1世が柄香炉を持って神に再生を祈っているシーン。神は右手にアンクを手にしています。
聖徳太子が手にしている柄香炉も上のファラオのものととてもよく似ています。